僕が苦手な同僚の話
僕には苦手な同僚がいます。
彼とは仕事で関わることが多いのですが、接するたびに「なんか苦手だな」と感じていました。彼と話した後には、いつも確かな不快感が残っていました。
暴力を振るわれたとか、大声でキレられたとか、そういった警察沙汰になるような被害を受けたわけではありません。そういう場合は警察に通報しようと思うので話は早いです(笑)
その彼は「法の範囲内でこちらを不愉快にさせてくる人間」といったところでしょうか。そんな人間と頻繁に関わらないといけないので、会社に行くのが嫌になったこともありました。
「でも今は問題が解決して平穏な日常を取り戻しました(^^)」
…とか言えればよかったのですが、そんなことはありません(笑)
今でも彼と接するのは嫌です。できれば関わりたくないです。
ですが、僕自身の考え方を変えることで、多少は楽に過ごせるようになりました。考え方を変えるだけなので、即効性があります。
あなたがもし、職場の人間関係に悩んでいるのなら、参考にしてほしくてこの記事を書きました。
「苦手」じゃなくて「嫌い」と認識する
「なんか苦手だな」と感じても、その悩みをどうにもできずに困っていませんか?僕はそうでした。
相手の言ってることが正しいかもしれないし、否定してはいけない。何より職場の同僚なんだから仲良くしなければいけない。だから嫌いになってはいけない。そんなことを考えていました。
でも、苦手な相手のことを嫌いになれずに悩んでいたからこそわかったことがあります。「苦手だな」と感じる相手は、いっそのこと「嫌いだ」と割り切ってしまった健全です。
人を嫌いになるのに理由はいりません。「なんか苦手」と感じるあなたの直感は正しいです。
むしろ、徹底的に嫌いになった方が自分のためだけではなく、相手のためにもなると思います。
実際に今の僕は、相手のことを「嫌い」と認識するようになっただけで、かなり楽になりました。
人を嫌いになるのは難しい
相手のことを嫌いになる「だけ」で楽になると言いましたが、苦手な相手を嫌いになるのは意外と難しいものです。
人間関係で悩むのは、人あたりがよくて心優しい人が多いです。そんな人は、他人を嫌いになるのに抵抗を感じることでしょう。
嫌うべき相手を嫌いになれず、結果的に自分を追い込んで病んでしまいます。善人が苦しんで馬鹿を見るそんな状況、おかしいとは思いませんか?僕はムカつきます(笑)
苦手な相手を「嫌い」と認識するのは当たり前で、人間として自然なことです。「嫌い」になれずに苦しんでいる方がよっぽど不自然です。不自然なことだから大きなストレスを感じるのです。
ではなぜ、苦手な相手を嫌いになれないのでしょうか。その理由は、小学校の道徳教育にあると思います。子どものころに学校で「みんなと仲良くしよう、誰にでも優しくしよう」と習ったと思います。
他人を嫌いになれない人は、大人になった今でもそれを一生懸命守ろうとしているのです。苦手な相手であっても、反射的に「嫌いになってはいけない」と考えてしまうのでしょう。
「みんなと仲良くしよう、誰にでも優しくしよう」という考えは素晴らしいと思います。でもそれは、「全員がそれを実践できれば」の話ですが。ほとんどの人間は、それができていません。
友人を家に招き入れるのと同じように、強盗を家に入れますか?答えは当然NOです。誰とでも仲良くする必要なんてないんです。つまり苦手な相手とも仲良くする必要もないんです。
…といっても、なかなか考えを変えるのは難しいと思います。偉そうなことを言っていますが、僕も苦手な相手をなかなか嫌いになれませんでした(笑)
職場の同僚というのは全くの他人ではなく、良好な関係を築いておくに越したことはありません。そういった事情も、相手を嫌いになることをためらう要因になっていると思います。
では、このように考えてみるといいかもしれません。
「彼と仲良くする必要はない、うまくやればいいだけだ」
仲良くしようとするから、嫌いになれないのです。仲良くするのではなく「うまくやる」という意識を持つようにしましょう。そうすれば、遠慮なく嫌いになることができます。
「仲良くする」と「うまくやる」は似ているようで違います。
イメージとしては、「苦手な相手から嫌われないようにご機嫌をとる(仲良くする)」のではなく、「適度な距離感をとってドライに接する(うまくやる)」という感じです。
そのように割り切ることで、僕の心は少し救われるようになりました。
苦手な相手を「嫌い」になることのメリット
「では苦手な相手を嫌いになってみてください、さぁ!(ドン)」
といきなり言われても、
「よっしゃ、苦手な相手を嫌いになろう!」
とはならないと思います(笑)
ですので、苦手な相手を嫌いと認識するようになることのメリットを書いていきます。
- 相手と仲良くする努力をしなくなる
- 相手に対して感情的にならなくなる
- 相手を客観的に評価できるようになる
- 社会人として成長できる
一つずつ解説していきます。
相手と仲良くする努力をしなくなる
嫌いな相手と接していて一番つらいのは、相手と仲良くしようと無意識に努力してしまうことです。
相手がこちらを軽視しているのに、こちらは仲良くしようと歩み寄る。不公平ですよね?当然その歩み寄りは、疲れます。
大事なのは相手と仲良くすることではなく適度な距離感を保ってうまくやることです。
嫌いな相手だと認識するようになれば、仲良くする努力をしなくなります。相手が自分にとって重要な存在ではなくなることで、精神的にかなり楽になります。
相手に対して感情的にならなくなる
嫌いな相手と仲良くしようと努力するのは疲れます。
例えば、無意識に相手の長所を探そうとしてしまいます。
「彼のこういう所はいいと思う!うむ、仲良くしなければ!」
と無理やり自分を納得させようとしてしまうんですね。
でも、その努力をしたところで、嫌いな相手を好きになることなんて絶対ありません。
こちらの努力が報われないだけなら、まだマシです。
こちらが歩み寄ろうとムリをしている状態で、嫌いな相手が無神経な発言をしたとしましょう。1度や2度ではなく、そんなことが幾度となく繰り返されてしまえば、完全に精神を病むことでしょう。
もしくは我慢の限界がきて「貴様、何様のつもりやねん!」と相手にブチギレてしまうかもしれません。そうなってしまうと、こちらが加害者として周りから責められてしまうことになります。
被害者のはずがこちらが加害者として裁かれる、そのような事態は避けるべきです。
だからこそ、嫌うべき相手は嫌いと認識した方がいいです。嫌いになることで相手に対して感情的になることが少なくなります。
たとえ相手が気に障る言動をしても、「コイツは本当に嫌なヤツだ、ほらまた無神経な発言をした。本当に何もわかっていない愚か者だ」と心の中で冷静に対処することができるようになります。
冷めた大人の対応ができるようになったのは非常に有意義だなと僕自身感じます。
今では、「100年後にはこの世にいないからな、僕もコイツも」という達観した考えさえ芽生えるようになりました(笑)
相手を冷静に評価できるようになる
相手を嫌いになると、不思議なことに冷静に評価できるようになります。
仲良くしようと努力していたころは、相手の言動がいちいち気に障って相手を客観的に見ることができませんでした。会話中も「うわー、やっぱりコイツ苦手だわー」という印象が強く残りすぎて、会話の内容がぜんぜん頭に入ってこない時もありました(笑)
それが、嫌いな相手だと割り切って会話することで感情的にならずに冷静に会話をできるようになりました。相手が何を言いたいのかを、(理解に苦しむ部分はあるものの)多少は理解できるようになりました。
また自分でも驚いたのが、嫌いと認識するようになってからの方が相手の長所が見えるようになったことです。
これは、ドラマや漫画などの「ヤンキー理論」と同じようなものだと思います。不良キャラが実はいいヤツだったり、裏では努力するタイプだったのが判明して、そのギャップで評価がうなぎ上りになるというアレです。
嫌いな相手ですから、もちろん最低評価です。★1です(※ほんとは★1すらもつけたくありません)。
でもそんな最低な人間が少しでもいいことをしたら多少は評価することができるようになりました(★1→★1.1ぐらい)。
「少しはいいところあるじゃないか、嫌いだけど」と少しは冷静に評価することができるようになりました。
社会人として成長できる
嫌いな人間と接することで、社会人として成長できると思います。
具体的には、「嫌いな人間ともうまくやる能力」「限られた時間で、それなりの質の仕事をする能力」が身につきました。
社会人は、自分の好き嫌いで付き合う人を選べません。嫌いな人間とも適度な距離感を保ちつつ仕事をする。これは社会人として必要な能力ですから、ある意味貴重な経験ができたかなと今では思っています。
また、嫌いな相手から依頼された仕事をこなすことで、「短時間でそこそこの仕事をする能力」が身につきました。嫌いな相手からの頼みごとに時間を使うのって嫌ですよね。できだけ短時間で終わらせるべきことです。しかし手を抜くと嫌味を言われるかもしれません。だから必要最小限の時間で、いかにそれなりの仕事をするかが重要になります。結果的に「かけた時間の割には質の高い仕事をすることができる」という社会人としての大事な能力が身につきました。
なお、自らの成長を実感しましたが、当然ながら嫌いな相手には感謝はしていません(こちらは恩恵以上の被害を受けているので(笑))
徹底的に嫌ってみる
ここまで、苦手な相手を嫌いになるメリットを紹介しました。
苦手な相手がいるのであれば、いちど徹底的に嫌ってみることをおすすめします。生半可な「嫌い」ではなく、「大嫌い」になる努力をしましょう。
中途半端な嫌悪感を抱く程度だと、前述した「相手を嫌いになることのメリット」を享受できません。「ちょっと嫌い」ぐらいの曖昧な状態では、相手からストレスを受け続けることになります。相手との関係性をリセットする意味でも、やるからには徹底的に嫌うようにしてみましょう。
「じゃあ人を徹底的に嫌うってどうすればいいの?」と、優しいあなたは当然思いますよね?
任せてください、そのコツを教えます!お任せあれ!(なんか僕、相当悪いヤツですね(笑))
- なぜ苦手なのかを徹底的に考える
- 罪悪感を抱かない
- できる限りの粗探しをする
- 悪口は口外しない
- 評価の見直しは可
一つずつ解説します。
なぜ苦手なのかを徹底的に考える
苦手な相手のことなんて、できれば1秒も考えたくないですよね?それ、すごくよくわかります。
ふとしたタイミングで嫌いな相手を思い出してしまった時、僕は必死に別のことを考えようとしたり、スマホを見たりして誤魔化そうとしてきました。
でもその結果、「なんか苦手」というふんわりとした印象しか持てず、相手を嫌いになろうにも嫌いになれなかったです。憎むべき相手を素直に憎めないは、心がスッキリしないものです。
そして、苦手な相手をしっかりと嫌えない状態が、非常に不健全だということに気がつきました。
苦手な相手を無意識に考えてしまうのは、自分自身のSOSです。その人間に対して本能的に不安や不満を感じているからこそ、ふとしたタイミングで思い出してしまうのです。
その不快感が何なのかを徹底的に考える時間をつくらないと、長期に渡り苦しみ続けることになります。体の不調を放っておくといずれ重い病気にかかるのと同じで、放置してはいけません。
なぜ相手のことを苦手と感じてしまうのでしょうか。すぐに思いつく具体的なエピソードは出てこないかもしれません。だから相手を嫌いになり切れずにモヤモヤが残ってしまうのです。
でもそこで考えるのをやめてしまってはいけません。相手のことを苦手と感じるあなたの直感は正しいです。相手の言動に「なんか気に障る発言だな」「なんか不快だな」と感じた積み重ねが、「なんとなく苦手」という印象を仕上げてしまっているのです。
ぜひ、その違和感の正体を解き明かすために、じっくり考える時間を設けるようにしましょう。
「そんな時間もったいない!」と感じるでしょう。その指摘はごもっともですが、将来的に楽になるために、ぜひやっていただきたいです。
嫌いになるべき相手を嫌いと認識するだけで、かなりスッキリしますから。
理由なく人を嫌いになるのは難しいです。「何となく苦手」と思っていても、それだけで人を嫌いになるなんてできないでしょう。
だから、苦手な相手を納得した上で嫌いになるべきです。そのためにじっくり時間をかけて考えてみるようにしましょう。
僕は、苦手な相手の言動に違和感を抱いたエピソードの一つ一つを、文字に書き起こすことをやってみました。
- ヤツからの依頼を急いで対応したのに、感謝するどころか文句を言ってきた。
- 厄介な仕事を僕に押し付けることを、ヤツは「同僚を教育している」と周囲にアピールしていた(※なお、ヤツの方が後輩)。
- ヤツの尻拭いのための打合せを上司に打診したとき「もっと適切なアポイントの取り方があるでしょ」と関係のない横槍を入れてきた(お前のためにやっているんだが?(怒))。
- ヤツは打合せ中に「アジェンダ」とか「コンセンサス」とか聞きなれない単語を使っていた。相手に理解してもらうよりも「難しい単語を使ってる俺ってイケてるでしょ?」感がにじみ出ていた。
- ヤツに「なんかいい方法ないですか?」と聞かれたときに僕の考えを伝えても、「うーん、まぁ…」と言って聞き流された(ヤツは人の言うことを聞かない)。
「ヤツ」というのは僕の嫌いな同僚です。
実際に文字に書き起こしてみると、僕がなぜヤツに不快感を抱いているかが明確になりました。わかったのは、ヤツが最低のクズ野郎ということです。
もちろん、ヤツに対する怒りがこみ上げてきました。「感謝もしない、厄介ごとばかりを押し付けてくる、僕を軽視してくる、そんな人間を嫌いになるのは当然だよなぁ」と安心してヤツを嫌いになることができました。
苦手な人間から受けた被害を文字起こしするのは、とても面倒です。でも、自分がなぜ相手を苦手と感じているのかが明確になります。違和感の正体がわかってスッキリします。自分自身が納得して相手を嫌いになってみるのは、マジでおすすめです。
罪悪感を抱かない
相手をちゃんと嫌いになろうとするのは粗探しをするようなものですから、罪悪感を抱いてしまうかもしれません。真面目な人ほどそう感じることでしょう。
でも、嫌いな人間のことを真剣に考えれば考えるほど、そんな配慮をしてやる必要のない存在であることがわかります。少なくとも相手はこちらを軽視していることでしょう。そんな相手を嫌いになるのに遠慮なんていりません。
もしかすると、嫌いな相手に対して怒りなどの荒々しい感情を持ってしまうことで、自己嫌悪に陥ってしまうかもしれません。相手に対して怒り狂う自分を、理性のないモンスターだと感じてしまうかもしれません。
でもそんな時は、嫌いな相手を想像しながらこう考えましょう。
「これは、お前が生み出したモンスターだ!」と。
全て、嫌いな人間のせいにしてしまいましょう。実際にその通りなのですから。あなたがそうなってしまうぐらい追い込んだのは、間違いなく嫌いな相手なんですから。
それに、嫌われてほしいとしか思えない言動をした相手を、ちゃんと嫌いになってやらないと失礼ですからね(笑)
できる限りの粗探しをする
徹底的に嫌いになるために、できるだけ相手の粗探しをしてみましょう。
僕は上記の「ヤツ」についてできる限りの粗探しをして、悪口をいろいろ考えてみました。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」と言いますが、嫌いな相手の悪口ってどんどん思いつくんですよ(笑)
ほんの一例を紹介します。ヤツはオシャレパーマをかけているのですが、全然似合っていません。「美的センスがないから人としてのセンスも絶望的なんだろうな。相変わらずしょうもない人間だ」とか、そういった類の事を考えました。
そんなのは序の口で、ここには到底書けないようなひどい悪口ももちろん思いつきました。
するとあら不思議、ヤツのことがだんだんかわいそうになってきました。哀れみの気持ちが芽生えると、怒りは収まっていきます。そうなると、相手に対して冷静な(というか冷めた)気持ちになります。
実際に相手と対峙しても冷めた態度で接することができるようになります。「またわけのわからないことを言ってるな。かわいそうなヤツ」とか思うようになります。あぁ、これが大人の対応なんだなというのを実感できます。
嫌いな相手とうまく接するために、できる限りの粗探しを一度やってみるのはおすすめです。
悪口はできるだけ口外しない
「できる限りの粗探しをする」という方法を述べました。それとセットで覚えておいてほしいのが、悪口は自分の中で留めて、できるだけ他人には言わないようにするということです。
相手のことがかわいそうという理由ではありません。自分自身のために悪口を言わない方がいいと思って、僕はできるだけそうしています。
悪口って、コミュニケーションツールとしてとても手軽なんです。僕は、悪口を他人とのコミュニケーションの基本として重宝していた時期がありました。悪口は、楽に会話を盛り上げることができる魔法のツールです。僕は愚かにも、自分自身のコミュニケーションスキルが飛躍的に上がったと錯覚していました。
でも、悪口をコミュニケーションの基本として過ごしていると、悪口好きの人ばかりが周りに集まってきます。そういった人たちに囲まれて過ごしていた時は、なんか息苦しい感じがありましたし、充実した人生を送っていたとは到底言えないです。
あと、他人に悪口を漏らしすぎてしまうと後味が悪いです。「うわー、さすがに言いすぎてしまった…」と良心の呵責に苛まれることもあります。
悪口は、できるだけ自分の中で完結させるべきことであり、他の人に漏らさないことを強くおすすめします。
評価の見直しは可
嫌いになってから時間が経つと、冷静に相手を評価することができるようになります。そんな中で、「あれ、意外といいヤツじゃないか」と思うこともあります。
例えば、いちど大嫌いになった相手への評価を、例えば★1から★2に変更してもいいと思います。こちらも相手も人間ですから、常に変化しています。自分や相手の価値観や考え方が変化することで、評価が変わるのは当然と言えるでしょう。
まとめ
あなたは今、嫌いな同僚に苦しめられているかもしれません。その問題をすぐに解決するのは難しいことでしょう。
でもその苦しみは、一生続くわけではありません。きれいごとですが、明けない夜はありません。
今を耐えて、乗り切ってください。朝日が昇るまで、なんとか持ちこたえてください。
そのためにこの記事が、少しでも参考になれば幸いです。

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